FABLED NUMBER

 最近はこればかり聞いている。


 ついこの前、UPLIFT SPICEが活動休止したことを知った。
 やっぱり自分がいいと思うものには、必要がなくてもお布施しないといけないんですよ。


↓クリックお願いします。
人気ブログランキングへにほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へblogram投票ボタン
スポンサーサイト

Godus

 スマホのゲーム「ゴッダス」に手を出してみたのですが。

 プレイヤーは神となって、山を削ったり海を埋めたりして、土地を作っていく。
 ある程度の広さができたら、人間が家を作って、人口が増えていく。
 人口が増えると文明が進化していく。
 そういうゲーム。

 ムニュムニュと土地を作っていくのが楽しい。
 そこに勝手に家を建てるんじゃねーよ、と土地を削って邪魔したり。
 効率的に家を建てさせたい。

 でもやっているうちに「セーブ機能がほしいな」と思って。
 文明が進化すると新しいことができるようになるが、それがやってから「おい、そういうことかよ」とわかることがあって。
 ここまで効率的にやってきたのに、残念な感じになって、はじめからやり直し。
 ということが何回もあると、視点を変えるのがやりづらくてイラついたり、すぐにスマホが熱を持つのが気になったり。

 文明を進めるには「ステッカー」というのが何枚か必要になるが、これは山の中に埋まっていたりする。
 これが少なすぎるんじゃないのか?
 ステッカーは「航海」というミニゲーム的なのでも集められるが、これがあまりおもしろいとも思えなくて。
 そうすると課金して購入することになるような?

 面白いんだけど、なんか面倒くさくなってアプリを削除した。
 でも時間ができたら、またやりたくなるようなゲーム。

↓クリックお願いします。
人気ブログランキングへにほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へblogram投票ボタン

日本人はなぜすぐ謝るのか?

 昨日のTBS「所さんのニッポンの出番!」。
 まぁ相変わらずのアル中で、うろ覚えで話をしますが。

 この番組では「日本人は謝罪の言葉を謝るとき以外でも使う」と言うが。

 なぜ日本人はすぐ謝るのか?
 相手が考えていないこと、想定していないことを自分が行うとき、または行ったとき、日本人は「すみません」と言う。
 突然の電話とか、相手に「すみません」と言うでしょ?
 そういう意味では日本人の「すみません」は謝罪ではない。
 自分と相手では、考えが違うことはよくあることだから、日本人はすぐに「すみません」と言うのである。
 だから日本人の「すみません」や「ごめんなさい」や「申し訳ない」には、「罪を認める」という意味が含まれていない。
 私とあなたでは「考えが違う」ということの表明でしかない。
 企業の不祥事で謝罪するのは、消費者は「こういうものだ」と信頼してモノを購入していたのに、実はそうではなかったことに対して謝罪するのである。

 ではなぜ外国人は謝罪しないのか?
 日本人とは違って、相手の考えを慮ることをしないからである。
 あくまでも自分の考えを主張する。
 で、相手も自分の考えを主張する。
 ぶつかる。
 そこで負けたほうが謝罪の言葉を発するのである。
 自分と他人では考え方が違うという、当たり前なことをわかっていないのか。
 自分と他人では考えが違うことがわかっていれば、ぶつかる前に「すみません」と言うでしょ?

 そういうことで、この「所さんのニッポンの出番!」の番組スタッフは何年日本人をやっているんだよ?と思ったのだが。

 でも、「土下座は近年の『水戸黄門』から始まった」というのは正しいと思う。
 江戸時代から「土下座」という言葉はあるが、大名行列に対する「土下座」は、ただしゃがんでいるだけ。
 立っていれば大名行列を妨害しようとする不届き者。
 そういう敵対する意図はないことを示すためにしゃがむことになったのだろう。
 自分の国とは関係ない大名が行進していようと、それを敬う必要などない。
 土下座に謝罪の意味はなかった。

 これはマルクス史観によって歴史が歪められたのか?
 それとも戦後、メディアに影響力を持った朝鮮人の文化なのか?

 朝鮮半島では、「三跪九叩頭の礼」とか中国に対して土下座してきた。
 アメリカとのFTA反対でも、アメリカまで行って土下座行進してた。
 土下座とかヤクザの指詰めとか、朝鮮半島の文化だと思うのだが。

↓クリックお願いします。
人気ブログランキングへにほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へblogram投票ボタン