ボーダーブレイク・ベルスクA

 ボーダーブレイク。
 やっとA1に昇格しました。
 このマップでA1になろうと思って、昨日今日と、けっこうな時間やっていました。
 クラスポイント-5から+250までですから。

 アセンは、一番稼げるフルヘヴィ・ロビン支援。
 でも、やってて楽しくない。
 ロビン偵察機を発射して、リペアフィールド張ってプラントに突進を繰り返すだけ。

 で、現在ボーナスバトルの発生確率がアップしていて、クラスアップチャンスも頻繁に発生したのだが、なぜかクラチャンのときにだけ負ける。
 まぁ、自分はプラントを踏んでいるだけだから、ゲームの勝ち負けには影響していない。勝ち負けは味方次第。
 で、クラチャンでなければ負けてもポイントは減らないくらいの順位にはなっているが、クラチャン分で減らされるのが精神的にダメージ。時間と金のムダ。

 で、なんとかクラスポイントを+250まで上げて昇格ミッション。
 連続撃破が条件だから、榴弾砲重火力で芋っていようと。
 アセンは、頭:クーガーNX 胴:エッジδ 腕:クーガーNX 脚:ケーファー44。ガトリングガン、プラズマカノン、ECM、エアバスターXHR。爆発範囲拡大Ⅱのチップをつけて。

 ところがXHRで撃破が取れない。
 実はXHRは初めて使ったのだが、こんなに撃破が取れないとは。
 焦って前に出て連続撃破がリセットされたりで、1試合目はメダル獲得がゼロ(3試合でメダルを10枚集めれば昇格。メダルは3機撃破で2枚獲得)。

 「これはダメだ」と榴弾をエアバスターT30に替えてみた。
 で、T30のほうが撃破が取りやすかった。
 T30は射程が長いという長所があるから、その分、撃破が取れないと思っていたが、射程も撃破もT30のほうが良かった。XHRの存在理由は?
 T30撃って、高所からCプラにプラカノ撃って、敵のコア凸がいたらベース防衛に戻って、な感じで2試合目でメダル6枚獲得。3試合目でミッション達成。

 やっとA1クラス。
 でもいいかげん支援に飽きてきた。
 コア凸とか狙撃をしたいのだが、でもそれをやるとすぐに降格する。A下位まで降格する。
 S5クラスになるまでは支援を続けるか。
 おそらくSクラスでは何をやってもポイントを稼げないだろうから、もう好きなことをやって降格する。

 あ。
 前にドラードシュートを調べたのだが、「コアにダメージが通るのはパネル4枚目から6枚目」と書いていたが、3枚目でも大丈夫だった。
 ↓この動画を見て知った。
 
 3枚目でも、パネルの真ん中あたりはダメージになるが、コア寄りになるとダメージにならない。
 パネル3枚目がダメージになるかどうかの境目。

 で、そこのダメージがどれぐらいなのか調べてきた。
 コアダメージ5000毎に4pt獲得のメッセージが出るが、8回目のメッセージ=40000ダメージを与えるのに何発撃ったか調べた。
 爆発範囲拡大Ⅱチップあり:12発。1発あたり3333.33ダメージ。
 爆発範囲拡大Ⅰチップあり:14発。1発あたり2857.14ダメージ。
 爆発範囲拡大のチップなし:16発。1発あたり2500.00ダメージ。

 まぁ、パネル3枚目を狙えるポイントはそんなにないだろうけど。

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重力を否定したい4

 ジャンプする。
 重力という考え方では、真下への重力よりも上方へのジャンプが勝っているからジャンプできる。
 でも、なぜ地球の重力に逆らってジャンプできるのだろう?
 そして、なぜ落下して着地するのだろう?
 重力よりもジャンプが勝っているのだから、重力が一定であるならば、ジャンプによって宇宙にまで行くのではないのか?
 鉛直方向に力(重力)が働いているとすると矛盾が出てくる。物理学者が言う「重力は弱い」という問題。

 では「押力」でジャンプを説明してみる。
 まず真上にジャンプする。
 地面(地球)の押力を+100とする。
 またジャンプだけの力は+5とする。
 地面を踏み台にジャンプするので+105。
 地面は+100なので、+105との差、+5だけ地面から上に位置する。5cmとする。
 しかし、時間とともに空気抵抗によってジャンプの勢いは減少する。(等加速度運動の逆である)等減速度運動する。
 次の瞬間は+104。4cmの上昇(合計で9cm)。
 次の瞬間は+103。3cmの上昇(合計で12cm)。
 次の瞬間は+102。2cmの上昇(合計で14cm)。
 次の瞬間は+101。1cmの上昇(合計で15cm)。
 次の瞬間は+100。地面の+100と同じ値なので上昇はなくなる。ここがジャンプの頂点。
 次の瞬間は+99。地面は+100なので、1cmの下降(高度は14cm)。
 次の瞬間は+98。地面は+100なので、2cmの下降(高度は12cm)。
 次の瞬間は+97。地面は+100なので、3cmの下降(高度は9cm)。
 次の瞬間は+96。地面は+100なので、4cmの下降(高度は5cm)。
 次の瞬間は+95。地面は+100なので、5cmの下降(高度は0cm)で地面に着地。

 斜め上にジャンプしたときは、横方向は等速度運動で、縦方向は上記の初速度を+100(もちろん感覚される相対速度はゼロ)とする空気抵抗での等減速度運動で放物線を描く。
 初速度ゼロの自由落下とは、その落下の始めは地面も物体も同じ+100だから相対速度がゼロで、初速度がゼロのように見える。

 落下物は初速度ゼロから等加速度で落下しているのではない。
 地面が+100。地面に立つ人も地面の力が伝えられて+100。その人が持つリンゴも+100。
 リンゴもすべてのものと同様に下から上に地面に押されていたのが、手を放したことで地面の+100が伝わらなくなり、慣性のみになる。
 しかし空気抵抗によって、その慣性は減速していく。
 観察者とリンゴとの速度の違いによって、観察者を基準にすればリンゴは落下していく。
 地面に接しているすべてのものが+100なので、ただリンゴだけが運動している(落下していく)ように見える。

 ニュートンの重力という考え方では、なぜ重力に加速度があるのか説明できていないのではないのか?
 ただ自由落下の観測結果から「重力には加速度があるものだ」としているだけで。
 しかし私の「押力」では、その仕組みを説明することができる。

 そしてニュートンの重力では、落下物は等加速度で加速し続けるのだから、最終的には光速を超えることになる。
 しかし「押力」という考えでは、どんなに速くても地球の+100を超えることはない。
 落下物は手を放した瞬間の+100から始まって減速していき、ゼロになると、それは慣性がなくなったということ。
 それ以降は減速することはなく、ゼロのまま一定。
 地球や観察者の+100と落下物のゼロの相対速度が、最も落下速度の速い状態であり、それ以降は落下速度は変わらず+100のまま一定となる。

 さて、空気抵抗がなければ放物線にはならない、としたところで、次回は惑星の楕円軌道について。

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重力を否定したい3

 ☆○さま、コメントありがとうございます。

>面白い考えですが, F=ma は否定されるわけですか?
 まだF=maがなんなのか理解していないので、否定とかの前の段階です。
 図書館からニュートン関係の本を借りてきたのですが、それと一緒にガリレオの『新科学対話』も借りてきて、そっちを優先してしまっています。
 ところが「本を読むと眠くなる」という呪いのせいで、遅々として進みません。

 一応、「重力は見かけの力で、重力をそのまま押力に置き換える」という逃げ道も残しておきたいと思っています。
 その場合、私の批判の対象はアインシュタインの「時空のゆがみ」になります。
 そして時空のゆがみの証拠は重力レンズだけで、それに対しては「プラズマの中を通った光は屈折する」でどうにかならないかな、と思っています。

 『重力とは何か』大栗博司(幻冬舎新書)
私たちが見渡すかぎり同じ方向に同じ強さで重力が働いているとしましょう。このとき、私たちは重力の働く方向に何か重いものがあって、私たちを一様に引きつけているのだと思います。しかし、実はこれは幻想で、引きつけているものがなくても、私たちがいっせいに加速運動をしていれば、まったく同じように力を感じます。逆に、加速運動を調節すれば、重力を消してしまうこともできます。つまり、重力とは加速度があるということと同じことで、重力についてそれ以上説明することはありません。(P100)

 私は、「重力とは加速度がある」を「重力とは押す力である」と言い換えているだけです。
(↑ここ、重要なのでコメント返しではなく、記事として書きました)
 このあたりはアインシュタインと一緒なのですが、「時空のゆがみ」なんて必要ないでしょ?と。
 4次元とか10次元とか、そんなオカルトは必要ない。

 でも、なんで「加速度」なんだろ?私は「速度」でいいと思う。
 落下物は等加速度で落下するから加速度なんだろうか?
 でもこれまで説明してきたように、落下と重力(押力)は関係なく、実際には落下物が加速しているわけではない(押力が働いているのは落下物ではなく、落下物以外の地球に接しているすべてのもの)。
 また、ここで言う押力には加速度はなく等速であるが、地球の一定の速度であっても私たちは吹き飛ばされない。
 「エンピツの実験」は等速運動であるが、エンピツは落下しない。

>それから遠心力について根本的な誤解があります。
>地面に対して垂直に働くのではなく, 回転半径(と反対)の方向に働くのです。
>極端な所, 例えば北極では遠心力は働きません。

 その遠心力が私が認識している唯一の「穴」でした。他にもあるでしょうけど。
 で、あとでチョロっと書いてごまかそうかと目論んでいたり。
 こんなに早く指摘されるとは。

 重力は極で最も強く、赤道では最も弱くなります。体重計で測ると数字が変わるんでしょう。
 で、遠心力は極で最も弱く、赤道で最も強くなります。
 重力は一定だから、遠心力が強い赤道では、遠心力によって重力が弱められ弱くなる。
 遠心力が弱い極では重力は強くなる。
 うまくつじつまが合っているな、と思います。

 で、重力の正体は遠心力ではなく、「押力」としています。
 いや、「その言葉のすり替えがいったい何になるんだ?」と思うでしょうけど、それはあとでチョロっと。

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重力を否定したい2

 落下とは、地球の回転が伝えられなくなった落下物が、地球の回転から取り残されていく現象、と説明した。
 しかし、地球の回転は横方向。それに対して落下は縦方向。
 落下と自転は関係ないのではないか、という疑問に対して。

 おもりにひもをつけてグルグル回します。
 このときひもはピンと張られます。
 ひもがピンと張られるということは、おもりと回転の中心の間で力が発生しているということです。
 その力の方向は、回転方向(横)ではなく、縦方向のものです。

 もっと分かりやすい説明。
 なぜ、地球は自転しているのに遠心力で吹き飛ばされないのか?
 これに対する一般的な答えは、遠心力よりも重力のほうが強いから、だろう。
 もちろん私は重力を否定したいのでこの答えは退けるが、しかし地球の回転によって発生する遠心力は、真下に働く重力とは反対方向へのものであり、それは真上へのものである。
 自転(回転)によって発生する力は縦方向。

 さて。
 地球の自転によって、地球上のすべてのものには下から上へ(中心から外側へ)の力が働いている。
 しかし、そうであるならば、なぜ地球の自転によって私たちは吹き飛ばされないのか?
 それは重力なしで説明できるのか?

 たとえば、手のひらにエンピツを乗せる。
 手首を90度回転させ、手のひらを縦にするとエンピツは落ちる。
 では、手首を90度回転させつつ、手のひらの方向(横方向)に腕を移動したら?
 つまり手のひらでエンピツを押したら?
 エンピツは落ちないんです。
 エンピツは手に押され移動する。
 もちろん腕の可動範囲があるから、腕が止まったらエンピツは慣性で吹っ飛ぶが、手のひらでエンピツを押し続けている間は、エンピツは落下しない。手のひらにくっついたまま。
 下方向で試しても同じ。

 これが地球の引力と言われるものの正体である。
 地球が物質を引っ張っているのではなく、押しているのである。
 地球の回転によって常に押され続けているから、私たちは地球から吹き飛ばされないのである。
 地面が私たちを押し続けているのだから、地面は常に私たちの足元にある。
 地球は常に回転し続けているのだから、押す力は常に発生し続ける。

 『天文対話上』ガリレオ・ガリレイ著、青木靖三訳(岩波文庫)
今度はぐるぐるまわる機械が速く回転するとこれにくっついているものを投げ出し、とび散らせる能力をもっているということの見られる実験に基づく反論が残っています。このため、多くの人びと、またプトレマイオスは、もし大地がそれほどの速さで自転するのなら、石や動物は星の方にとばされるはずであるし、また建造物は漆喰ででもそれほど固く土台にくっつけられることはできないであろうし、土台自身がばらばらにならざるを得ないだろうと思ったのです。(P283)

 そもそもこの考え方から間違っている。
 地球が回転しているから吹き飛ばされる、のではなく、地球が回転しているからこそ吹き飛ばされないのである。
 そしてもし地球の回転が止まったら、そのときこそ私たちは慣性によって、真上に飛んでいくことになる。
 エンピツの実験で、腕が止まったらエンピツが手のひらから離れ、飛んで行ったように。

 ところで、前回は「落下は速度の違い」とした。
 今回は「回転によって発生する力は縦方向。自転によって下から上に押され続けている」。
 前回は「速度」だったのに、今回は「力」となっている。
 ここに疑問を持つ人もいるだろう。
 しかし、手のひらに乗せたエンピツを90度回転させるだけならエンピツは落下する。
 手のひらの速度がゼロなら、エンピツを手のひらにくっつけておく力は発生しない。
 手のひらに「速度」があって、初めて「力」になる。

 横方向に無限に移動する「手のひら」に小人さんが立っているとしよう。
 小人さんは、小人さんサイズの小さなリンゴを持っている。
 小人さんがリンゴから手を放したら、リンゴには「手のひら」が押す力が伝わらなくなる。
 リンゴは慣性で同じように横方向に移動するが、しかし徐々に慣性が失われ速度が遅くなっていく。
 そして「手のひら(地面)」にリンゴがぶつかる。

 重力、引力は存在しない。
 地球が回転していない、自分が移動していないとしたら、そういう力があるように見える、見かけの力である。
 存在するのは自転によって発生する押す力である。
 この押す力を「押力」と呼ぶことにする(いや、科学的になにか名前が付けられているならそれでいいが、私はそれを知らないから)。

 ここで謎の一つに答えを出しておく。
 なぜ重力には引力だけで斥力はないのか?
 押力なら簡単に説明できる。
 回転によって発生する力は、下から上へのもの、ただ一つだからである。
 たとえ回転が今の自転方向とは逆であっても、または縦回転であっても、その回転のなかでは下から上に押す力だけとなる。

 次回は。
 現在は様々な現象を重力で説明しているが、それらを重力なしで説明できるか、試してみる。
 の前に、もっと補足が必要か?

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重力を否定したい1

 私は「重力」を否定したい。
 もう、そういうのやめればいいのに、と思うでしょ?
 でも。
 俺はハンパな気持ちでアホやってんじゃないんだよ!←難儀だな。

 さて、重力。
 地球の重力によって私たちは地球に引っ張られているのに、私たちはジャンプすることができる。
 これは矛盾ではないのか。
 いや、私だけが言っているのではなく、ハーバード大学のリサ・ランドールも言っている。↓6:00あたりから。


 カリフォルニア工科大の大栗博司も、『重力とは何か』(幻冬舎新書)でそんなことを言っているから、宇宙物理学者はみんなそんなことを思っているのだろう。
 ただ大栗博司が『重力とは何か』で言う重力の弱さは、
ここで重力が「弱い」というのは、別の「力」と比較しての話です。(中略)日常生活で電磁気力より重力を意識することが多いのは、重力には「引力」だけで、「斥力」がないからです。(中略)私たちのまわりにあるもののほとんどは、プラスとマイナスの電荷をほぼ同じだけ持って、中性になっているので、電磁気の引力と斥力は打ち消し合ってしまうのです。それに対して重力は引力だけなので、弱くてもすべて合わせれば大きな力になる。(P27)

 上の動画でリサ・ランドールが言う「地球全体があなたを引っ張り続けているのに、あなたは物を持ち上げることができるんですよ」とは、重力の「弱さ」の意味が違うが。
 リサ・ランドールが言っていることは「重力は本来強いはずのになぜ弱いのか」である。
 大栗博司は「弱くてもすべて合わせれば大きな力になる」と言うが、その「すべてが合わさった大きな力」である地球上で、なぜ「(大きな力に逆らって)物を持ち上げることができるのか」が問題であって。

 で、物理学者は「平行世界」とか言っている。重力は平行世界から、その一部分が流れてきているから、弱い。
 いや、平行世界って。
 それはいくらなんでも無理だ。私には受け入れられない。

 では、重力とは。『重力とは何か』から。
 ニュートンはまず、物体に働く「力」を明確に定義しました。それによれば、物体の運動を変えるものはすべて「力」です。力が何も働いていなければ、物体の運動は変わることがなく、同じ速度でまっすぐ動きます(静止している物体も「同じゼロ速度」で静止したままです)。しかし力が働くと、運動の方向や速度などが変化する。たとえば止まっているサッカーボールを蹴ると転がるのは、そこに力が加えられたからです。(中略)
 すると当然、物体が地面に落ちる現象も、「力」の働きで説明されます。力が作用していなければ、手から離れた石は空中に浮かんでいるはずです。それが地面に向かって動くのは、地球からの引力という「力」によって石の運動が変化するからなのです。(P25)


 これが一般的な重力の理解だと思う。
 しかし、一から「落下」を考えてみる。

 落下。
 立っている私はリンゴを持っている。
 私が手を放すとリンゴは落下する。
 この現象は、私の手とリンゴの距離が広がっていき、リンゴは床にぶつかる、というものである。
 これは特殊な現象なのだろうか。この落下と似たような現象はないだろうか。

 たとえば時速60kmで並走する2台の車。
 片方の車が速度を落としたら、前の車と後ろの車の距離は広がっていく。
 前の車が「私の手」、後ろの車が「リンゴ」。
 縦と横の違いはあるが、落下するリンゴと同様の現象になる。
 速い速度の車から見たら、遅い速度の車は後方に「落下」していく。「縦と横」の話はあとで。
 そうすると「落下」とは速度の違いではないだろうか。
 手の速度よりリンゴの速度が遅くなっていくから、手とリンゴの距離が広がっていく。

 しかし、「手の速度」と言っても、手は動いていない。手の速度はゼロ。
 ただリンゴだけが手の位置からマイナス(下方)に動いていく。
 これは「力(引力)」が働いているとしか考えられない。

 本当にそうだろうか?
 地球は自転しているのに?
 自転する地球の上にいる者は、自転と同じ移動をしている。
 この地球の自転による速度を「+100」とする。
 地球の上にいる私も+100。私が持っているリンゴも、地球の+100を私の手から伝えられて+100。
 だが私が手を放すとリンゴには+100が伝えられなくなる。
 リンゴは慣性によって、(地球の回転によって下から上へ)動きつづけるが、しかし空気抵抗によって徐々に速度が落ちていく。
 もちろん私や地面は+100で動きつづけていて、ただリンゴの速度だけが減少していく。
 つまり、すべてが同じ速度で動いている中で、リンゴだけが地球の動きから取り残されていく。
 これを観察者を基準にすれば、観察者や地面は変化せず、リンゴだけが変化(落下)しているように見える。
 手を放した瞬間はリンゴも+100だが、時間とともに+99、+98、+97・・・と、手とリンゴの距離が広がっていく。
 それが等加速度的に落下していくように見える。
 手の速度をゼロとすれば落下する物体の落下速度が速くなっていくように見えるが、手の速度を+100とすればリンゴの速度が遅くなっていく。

 「手の速度がゼロ」とは、地球は自転していない、という考えである。
 そこで「引力」が必要になる。
 地球が自転していないとすれば、ニュートンが言うように、力が働いていると考えなければ説明できない。
 しかし地球が自転しているのであれば、「力」がなくても説明できる。
 「手の速度が+100」とは、地球は自転している、という考えである。

 あ、少し先走った。
 そうは言っても地球の自転は円回転だから、その「落下」は横方向になるのではないか? 
 落下は縦方向だろ、というのは次回。

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